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2011年9月

Six Degrees of Inner Turbulence(久々の上海空港)

上海の地下鉄で追突事故が起きて、日本人を含む多数の負傷者が出たらしい。不幸中の幸いで、亡くなられた方はいないようだが、あの国のことなので、どうも信用できない。あれだけの大事故で死者が出ていないのは、どうも不自然なんだが…(誤解のないように言っておくが、死者が出た方がいいなんて全く思ってないよ)。上海の地下鉄は私もよく乗った。渋滞がひどい上海では、地下鉄は非常に便利なのだが、追突事故なんて普通ありえんだろ。事故後、わずか4時間で運行を再開したのも、我々の常識では考えられない。とにかく、あの国の交通機関を利用するのは、基本的に全て命がけだな。

 

その上海の空の玄関口である浦東空港に着陸しようとしている中国東方航空。

 

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私が経験した限り、中国の飛行機の離着陸は、非常にスムースである。パイロットが空軍上がりなので、腕はいいという噂を聞いたことがあるが、本当かどうかは知らん。

 

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基地外拉致国家の飛行機が普通に駐機しているのが、中国ならではの風景だな。

 

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私、昔、北京から丹東まで夜行列車で行ったとき、首領様バッジをつけた基地外国家の屈強な男4人組と乗り合わせたことがある。日本人と分かると何をされるか分からんので、ずっと黙って寝ていたが、下手すりゃ、今ごろ平壌で招待所暮らしをしていたのかもしれん。

 

それはさておき、国際線とは思えないチンケな飛行機だが、

 

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フライト自体は、まあまあ快適だった(サービスは相変わらず中国流だったが…)。

 

浦東空港のターミナルビルの中にあったファミリーマート。

 

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上海に限らず、中国の空港は、物価が異常に高い。街中の10倍くらい平気でふんだくるので、買い物や飲食をすることはほとんどないが、ここのファミリーマートは市内の店と変わらない値段だった。トランジットの時間が4時間ほどあったし、空港から出られなかったので、ここで食料を調達する。

ご覧のとおり、パンやおにぎりを買う中国人客が多く、店は繁盛していた。お金持ちの中国人も、ぼったくり飲食店を利用するのは嫌なんだろうね。惜しむらくは、ビールが置いてなかったこと。スカスカの中国産サントリービールを久々に飲みたかった。残念。

 

Day Tripper(巍山の旅4)

巍山の特産品を売る店。

 

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街角で見かけた死亡広告。

 

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小さな町なので、広告なんかしなくても、誰が死んだかなんて公知の事実だと思うんだが(日本もそうだけど、中国の田舎の人はうわさ話が大好き)、一体、どんな意味があるのかな? 

 

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雲南でよく見かける米糕(米で作った中華風ケーキ)。中国も、こういう伝統的なお菓子は結構うまい(スイーツ(笑)、いや、洋菓子系は、甘すぎて食えたものじゃないけど)。

 

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皮付き犬肉鍋の店。キムチ半島ほどではないだろうが、南方人は、今でも結構わんこの肉を食べるようだ。私も、話のネタに一度食べてみたいとは思うが、今のところチャンスがない。

 

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天日干しの花椒かな?

 

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巍山古城で一番にぎやかなところ。やっぱり、地元民しかいない。ま、私みたいなヨソ者が歩いていても、誰も気にする風でもなかったが。

 

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何だろうな、この人形? っていうか、後ろに貼ってある人民虐殺軍解放軍のカレンダーがビミョーに不釣合いなんだが。 

 

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日差しが強すぎて、地元民もあんまり外に出てこない。

 

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農産物の種でも売っているのかな?

 

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巍山の観光局。っていうか、こんな辺鄙な所に来るのって、よほどの物好きだけで、観光客なんて来ないと思うが。

 

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巍山の路地裏風景。のんびりしてます。

 

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拱辰楼に戻り、巍山の旅もおしまい。見ての通り、何もない小さな町だけど、観光地化されていない古鎮の風景が残っている。麗江や大理の人ごみにうんざりした人はどうぞ。

 

ついでに、巍山のバスターミナルのトイレ。

 

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崩壊寸前のバブルで世界第2位の経済大国のごく普通のトイレは、こんな感じである。私は、男なので、悪臭を我慢すればトイレに苦労することはそんなにないが、女性は大変だろうな。ハリボテビルばかり建てているヒマがあったら、まずは、トイレを何とかしないとね(あと4000年かかるだろうけど)。

 

Lie Down (A Modern Love Song)(巍山の旅3)

中国の時代劇にでも出てきそうな街並みだね。

 

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通りを歩くのも、地元民だけ。

 

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交通の便が悪いので、中国流の悪趣味な観光地開発の餌食になることはないとは思うが、カネの匂いを嗅ぎつけると何でもする連中だからなあ。数年後には麗江のようになっていても、それほど驚かない(そうならないことを願うが…)。 

 

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軒先に干しているのは、餌絲かな? それとも米線?

 

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巍山の古城には、一軒だけゲストハウスらしき宿があった。観光客がいないから、商売にならんと思うんだが…。新市街には、中国人向けの旅社や安ホテルもチラホラ。静かな町なので、居心地のいい宿があれば、のんびりするのも悪くはないかも。

 

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篆刻の店か何かかな? しかし、達筆だね。

 

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新婚向けの布団屋さん?

 

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手先の器用な人が多い町なんだろうね。

 

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賭け麻雀と賭け将棋に興じるおっさん&じいさん軍団。もうかりまっか?

 

巍山の旅は、あともう1回だけ続きます。

 

 

Love to Keep You Warm (巍山の旅2)

巍山のバスターミナルから町の中心に向かってしばらく歩くと、広場があった。

 

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高地なので気温はそんなに高くないのだが、晴れていて日差しがシャレにならんくらい強い。人もまばらにしか歩いていない。ど田舎なので、元々人が少ないのもあるんだろうけど。

 

商店が並ぶ道を歩いて行くと、町の中心にある拱辰楼が見えてきた。巍山の町は、この拱辰楼を中心にして南北に古い街並みが広がっている。 

 

 

大きな地図で見る

 

 

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地元民は、木陰で賭けマージャンをしている。ほんと、あんたたち、賭け事が好きなのね。やっぱり、こんな田舎町だと、人間、酒を飲むか、バクチをするか、子作りをするしかすることがないんだろうな。

 

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巍山には、民芸品を売る店が多い。

 

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なぜか、葬祭用品も一緒に売っている。

 

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観光客がほとんど来ない町なので、こういう竹細工なんかも地元民向けに売っているのだろう。

 

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巍山の中心部は、こんな感じの静かなたたずまいで、中国人団体客の怒号と喧騒が渦巻く麗江古城や大理古城とは大違いである。

 

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腹が減ってきたので、以前紹介した、巍山名物の餌絲を食べる。

http://hanyukezhan.cocolog-nifty.com/blog/2010/11/post-7ded.html

 

Take Me With You(巍山の旅1)

南詔国発祥の地とされる雲南省大理白族自治州巍山彝族回族自治県。 

 

大きな地図で見る

 

以前から一度訪れてみたかったので、大理古城から足を伸ばして、小旅行をしてきた。

 

巍山へは、大理の新市街下関の風車広場

 

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西側のバスターミナルからバスが出ている。約50km、1時間ほどの行程だが、ボロバスは出発後すぐに故障。

 

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運ちゃんは、タイヤ屋の前にバスを停め、何やら修理を始めた。

 

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日本では考えられないが、中国では日常茶飯事である。これも、日本の反中偏向メディアが報じない中国の真実の姿である。

 

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乗客たちは、バスを降り、文句ひとつ言わずに、大人しく待っている。もっとも、文句を言うと、荒くれ者の運ちゃんに、「嫌なら乗るな!」と怒鳴られるのがオチであり、何もいいことはない。中国人は、そのあたりの事情をよく分かっている。

 

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妙齢のおねえさんも、ウンコ座りで、修理が終わるのを待つ。中国は、中国人がところ構わずタンを吐き、ゴミを捨て、ガキに大小便させるので、地面が非常に不潔である。地べたリアンは存在しない。こういうところは、ミョーに潔癖なんだな。

 

タイヤ屋の前に公衆トイレがあったので、入ってみたが、

 

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中はこんな感じ。

 

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見事なニーハオトイレだが、

 

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こんなトイレも無料ではない。5角(約6円強)も取られる。

 

男子トイレの写真を撮っている場面を中国人に見つかると、変態スカトロホモ野郎の烙印を押されて、中国ガチホモ同志に襲撃され、異国の空の下で、頑なに守り通してきた処男を奪われるのは間違いないので、ヒヤヒヤものである。今の時代、男子といえども、貞操を守るのはたやすいことではない。このブログを読んでいる人は、私のそんな苦労を理解して、少しだけ感謝するように。

 

さて、1時間近くかかって、バスの修理も終了。

 

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バスは、片側3車線の、ムダにだだっ広い道路を突っ走っていく。

 

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南詔国の古都巍山まではもうすぐである。

 

Where the Streets Have No Name(何もない国)

ラオス北部の小さな町ルアンナムターのメインストリート。

 

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このあたり、ゲストハウスや銀行などが集まり、町で一番にぎやかな通りである。でも、人はまばらにしか歩いていないし、交通量も少ない。中国みたいにけたたましいクラクションの音に腹を立てることもなければ、信号もない。静かなものだ。そのメインストリートから10分ほど歩くと、

 

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こんなのどかな風景が広がっている。地図を見てもらうと分かるが、タイやビルマの国境も近く、ちょうどゴールデントライアングルのど真ん中に位置しているが、マフィアがドンパチやっている訳ではなく、共産ゲリラの姿も見かけない。どこを歩いても、ぬる~い空気がただよっている。何もない。ほんとうに何もない。何もないけど、

 

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そこらへんにバナナの樹が生えている。バナナって、こんな風に実がなるんだねえ。

何もない、何もない、と言うとラオス人に怒られるかもしれないが、ほんとうに何もない。何もないのが苦痛かというと、決してそうではない。中国と違って人々は穏やかだし、ガイジン相手にぼったくりをしたり、つり銭をごまかしたりすることはない。すぐ隣りの国なのに、どうしてこうも国民性が違うのだろう? 

何もないけど、ビールを飲んでのんびり過ごすには、いいところである。中国での殺伐とした生活に疲れている方は、一度ラオスを旅してみるといいかもしれない。もう少し涼しくて、物価が安ければ、言うことはないが、心安らぐ国である。

 

 

Lights Out(不思議な風景)

大理古城に突然登場した悪趣味なアーチ型の大型照明設備。

 

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大理古城の北東部に位置する貯水池をぶっ壊して、「希夷之大理」なる見世物を上演するために専用の劇場を作ったのだが、夜になると古城中に轟音が響き渡り、うるさくてかなわん。私は、この劇場からかなり離れた場所に滞在していたが、それでも轟音が伝わってくるのだから、毎日この騒音を聞かされる近隣住民にしてみれば、たまったものではないだろう(ちなみに、中国名物ピンク色の置屋が並んでいるのも、この劇場のすぐ近くである。何軒かある店を冷やかしで覗いてみたら、どう見ても十代としか思えないおねえちゃんが、気だるそうにタバコをふかしていたなんて、大きな声では言えないが…)

当然のことながら、地元民は見に行かず、観客のほとんどは、裕福な沿岸部から来た中国人の団体客である。運営するのも、外地の漢族で、地元民は騒音と光害をまき散らされるだけで、いいことなど何もない。ま、中国ではよくある話ではある。あと数年もすりゃ、中国のバブル崩壊と共に誰も見に来なくなり、廃墟になるのがオチだろうけど。

この見世物を演出しているのは、あの陳凱歌だそうだ。文革時代に雲南に下放され、雲南には人一倍思い入れがある、とNHK中国語講座のインタビューで語っていたが、その雲南の環境破壊の片棒を担いでも、良心は痛まないのかな? ま、陳凱歌は、アメリカ国籍を取得して、今は「中国人」ではないらしいので、カネさえ儲かれば、雲南の山奥など、後は野となれ山となれなのかもしれないが。

貯水池の土手に登ると、大きな麻の草も景気良く生えていたが、古城の向こうに三塔や蒼山が見渡せる、景色のいい場所だったので、私もよく散歩に来たが、劇場の周囲は柵で囲まれ、中に入れなくなった。余計なことをするんじゃねえよ、まったく。

異様な光景だが、中国では普通の光景である。それが、中国という国。

 

Borderline(国境越え)

雲南省磨憨(Móhān)にある中国側ボーダー。

 

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最近できたばかりの、中国らしく、ムダにでかい建物である。武警が行進していたり、ラオス側から来る車輌を消毒する設備があったりと(使っている消毒液が中国名物ニセモノのような気もするが…)、なかなか物々しい雰囲気である。

 

出国手続きを行う建物。

 

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右下の若いお母さんに、何か手続き的なことを聞かれたような記憶があるのだが、

「ワシ、中国人とちゃうから分かりまへん」 

と答えておいた。小さな赤ん坊を連れてラオスに行くみたいだったが、バスの運ちゃんに数百元とおぼしき多額の現金を渡していたり(ちなみに、近くの町から乗った国際バスの運賃は70元である)、中国側の役人にも現金を渡していたりと、不思議な行動をしていた。偉大なる中華人民共和国の公民には、私のような小日本には計り知れない事情があるのだろう。

 

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この道を歩いて行くと、向こう側はもうラオスである。トラックの左側にあるのが車輌消毒用の無意味な設備。歩いても行けるが、電気自動車に乗ったおばちゃんが、中国側とラオス側を往復している。それに乗れば、ラオス側ボーダーまで2元。国際バスの場合は、イミグレの前でバスを降り、出国手続きを済ませた後、ここでバスが来るのを待って、再びバスに乗ってラオス側に向かうことになる。

 

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途中、こんな仏塔を模した建物を通り過ぎ、

 

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ラオス側のイミグレで入国審査。コイツらこの人たち、全員中国人だが、やっぱり並ばない。どうも、激動の4000年の歴史の間に、中国人DNAには、割り込んでも没問題・並ぶ奴はバカ、という情報がインプットされてしまったのであろう。目の前で割り込まれるとムカつくが、考えてみれば、少々気の毒な人たちではある。

私が見たところ、この中国人たちは、パスポートではなく、何とか通行証みたいなものを窓口に出していた。国境近くに住む人には、特別の通行証みたいなのが発給されるんだろうね。しかも、中国人たちは、その通行証に10元ないし1万キープほどの現ナマを挟んで窓口に出していたが、人によって金額もマチマチだったし、現ナマを挟んでいない人もいた。ラオスの係官も、領収証なんて出していない。

賄賂なのか、ある種の通行税なのか、どうにもよく分からんのう。ちなみに、日本人は、簡単な入国カードを記入して、窓口に出すだけ。係官は、写真を照合することもなかったし、賄賂を要求してくることもなかった。ノービザですんなりラオス入国。

 

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左側の青い建物が、ラオスのイミグレである。中国のそれと違って、まさに掘っ立て小屋。見栄っ張りな中国人とつつましいラオス人。国民性の違いが建物にも反映するらしい。物々しい雰囲気の中国側と違い、ラオスのお役人は緊張感ゼロ。この国特有の、ぬる~い空気が全開である。

 

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ラオス側の税関を通り過ぎると、そこはラオスのボーテンという小さな町だが、 

 

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昆明発ビエンチャン行きの国際バスが停まっていた。乗客は長旅で疲れているのか、ほとんど降りてこず、バスの運転手だけが、

 

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中国人の経営する食堂で中華料理の昼メシを食っていた。

たかが通過するだけとはいえ、人も建物も見事に対照的である。こんな田舎の国境でも、いろんな人間模様が交錯するようだ。










 
Thin Lizzy - Borderline

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