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中国の旅

Lady(愛と青春の寒中見舞い画像)

毎日寒いですね。

こう寒いと、テンションだだ下がりですわ。最近、「冬季うつ」なんて言葉を見聞きすることがあるけど、気候が人の精神状態に与える影響って、きっと想像より大きいんだろうね。陽気なロシア人なんて、考えるだけで不気味だしなあ。デブだった頃の名残りか、以前は夏が大嫌いで冬が大好きだったのだが、最近は逆になってきた。常夏のタイあたりに行って、マンゴスチン食って、キンキンに冷えたビール飲んで、クーラーの効いた部屋で爆睡したいっす。思えば、若かったとはいえ、真冬のハルビンなんて、何考えて行ったんだろ? たしか、最高気温がマイナス15度、最低気温がマイナス30度くらいだったような記憶があるんだが、中国名物ニーハオトイレまでカチンカチンに凍っていて、全く臭くなかったんだが、今は、あんなところ死んでも行く気がせんな。


さて、このクソ寒いのに、こんなブログをご覧いただいているみなさんのために(自分で書いておいて何ですが、こんなブログを見るとアホが感染するので、中国の犬加藤紘一先生オフィシャルサイトや、中国の工作員孫崎享先生のツイッター、中国外交部嘱託報道官森田実先生の公式サイトなんかをご覧になることを全身全霊でオススメしますです)、たまには可愛いギャルの画像でも。なお、諸般の事情により、今回は拡大画像はおまへんので、あしからず。



まずは、中国ギャルから。




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広西チワン族自治区某所にて。


ウーロン茶のCMにでも出てきそうな女の子だったが、元気にしてるのかなあ?


反日教育でコテコテに洗脳されていても、個人レベルで接する分には没問題です。


中華思想とか人間不信とか拝金主義とかお行儀が悪いとかは、あの国の人民の標準仕様だから、この際、忘れておこう。



次は、日本ギャル編。




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雲南省某所にて。



奥地から戻ってきたばかりで、少し体調を崩していたみたいだけど、明るく感じの良いお嬢さん達でございました。 旅先、とくに奥地で出会う女は、日本人外国人を問わず、良くも悪くも強烈な人が多いんだが、彼女達は、ごくごく普通の明るい女の子だったよ。女の子は明るいのが一番だよね。やっぱり、日本人の女の子は穏やかだし、行儀がいいよ(もちろん、人にもよるけど)


あ~、寒いのはもう嫌ニダ。


異常に寒いのも、野菜が高いのも、全部、日帝の陰謀ニダ。







 
David Coverdale - Lady





北京やらせオリンピック

北京五輪開催直前と五輪真っ只中の北京の町を少しだけ歩いてきた。開幕式の夜は、大理で再会した日本人の友人と大理ビールを飲んで、雲南料理を食っていた。開幕式は、各国選手団入場の模様をテレビでちらっと見ただけである。

北京の町はさすがに五輪一色。

 

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空港や地下鉄の駅をはじめとして、お揃いのユニフォームを着た「ボランティア」が、私のようなガイジンや地方から出てきたイナカもんの案内をしている。

 

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空港では市内地図や観戦ガイドブックを免費でくれるし、雨の日にはビニール製の雨合羽まで免費でくれた。はっきり言って、とてもあの中国とは思えない。不気味ですらある。

市内を歩き、地下鉄に乗ってみると、街角は五輪ムードで華やかだが、

 

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北京の市民には浮かれた表情はないような気がした。地下鉄に乗るにも荷物検査、空港に入るにも荷物検査、町中は警官だらけ、小汚い屋台は姿を消し、地下道で二胡を弾いている物乞いや大道芸をやっている子どもの姿もない。

当の北京市民にしてみりゃ、五輪なんて迷惑以外の何物でもないのかもしれない。CGの花火に口パク、パチもん少数民族など、やらせだらけの開幕式同様に、北京の町にあふれる大量の「ボランティア」や華やかな装飾の一体どこまでが本当なのだろうか? 中国のテレビを見ていても、ネガティブな情報は一切流れないので、ウェブで産経新聞を読むのがありがたかった。

ちなみに、私のいた大理古城は、さすがに開幕式の夜だけは、人通りもほとんどなく、商店も早仕舞いし、通りは閑散としていた。しかし、翌日からは五輪ムードはほとんどなし。おそらく、中国の町は、どこでもそんな感じじゃないだろうか。

まあ、天安門事件のほんの少し前に北京を初めて訪れた私が、偉大なる北京五輪の開幕式当日に中国に滞在し、五輪開幕と前後して北京の町を歩いてきたというのは、これも何かの縁なのかもしれない。

開催国とIOCにいくら問題があろうとも、参加している選手にはとりあえず罪はない(中国という国がどんな国なのかについて、少しは思いを馳せていただきたいとは思うが…)。せめて、全力を尽くして、見る者を感動させてくださいませ。

 

スモッグにかすむ五輪間近の北京

正午過ぎの北京首都空港。

 

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スモッグがひどくて、ターミナルのビルがかすんで見えない。日本から来た乗客は、大気汚染のひどさに驚いていた。

空港近くの緑地。

 

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前門付近から見た天安門広場。

 

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中国の当局者曰く、「北京の空気が悪いように見えるのは、カメラマンの腕が悪いからだ」そうだが、どんな腕のいいカメラマンでも、スモッグにかすむ北京の町で青空を写すことはできないだろう。

久々に訪れた北京だったが、大気汚染がここまでひどいとは想像できなかった。オリンピックはおろか、人間が生活できる環境だとはとても思えない。

 

残暑お見舞い申し上げます

全然更新していなかったのに、アクセスしていただいてありがとうございます。そんな奇特なみなさんに空姐の画像でも。 

 

昆明→北京の中国国際航空の空姐。

 

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ちょっと化粧が濃いか? 

 

澳門航空の空姐(北京空港内のシャトル列車にて)。

 

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制服を着た乗務員が乗客を立たせて自分が坐るなんて、日本では考えられないんだが、そこは中国(マカオも、そのへんはやっぱり中国)。

どうですか? やっぱり好きでしょ、中国空姐。

 

高原の夏

日本は暑いでしょうか?

え~と、北京経由で雲南に涼みにやってきました。今、大理です。涼しくて、からっとして、チョー快適です。高原の空気がおいしいです。

トランジットの時間を使って、できたばかりの地下鉄空港線に乗り、北京の町をぶらっとしてきました。はっきり言って、大気汚染はめちゃくちゃ深刻です。500メートル先がスモッグでかすんで見えません。前門のあたりから、天安門広場を眺めても、天安門の姿が見えません。こんな空気の悪いところでオリンピックなど自殺行‥(以下、偉大なる和諧社会実現のため自粛)。

麗江の宿

麗江で泊まった東巴客桟。麗江ではいつも別の宿に泊まるのだが、その宿の老板が経営を他に譲り、仲の良かった服務員もみんなやめてしまったので、宿を変えてみた。

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古城の中心から徒歩10分ほどのところにあり、落ち着いたたたずまいである。宿の周囲は、こんな感じ。

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1泊20元。商売っ気のまったくない宿で、住宿登記はおろか押金も取らず、部屋代すら、

「房費? あとでいいよ」

と言われる始末。家族経営の宿のようだったが、服務員は商売を放り出して、麻雀に熱中していた。商売っ気のない個体戸は中国では珍しくないが、ここまで徹底しているのは、ど田舎の雲南ならではかもしれない。

納西族の伝統的な住居を宿に転用したもので、麗江も大理も、古城内にはこんな宿が無数にある。

宿の中庭。

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この宿で何をしていたかというと、中庭のイスにふんぞり返って、くだらん話をしながら大理ビールを飲んでいました(他にすることないんか?)。

天龍八部影視城と大理の植物

蒼山のふもとにあるテーマパーク「天龍八部影視城」。日本でいえば、太秦映画村のようなものか。

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中国人団体客の大理観光コースに入っているようで、駐車場には観光バスが何台も停まっていた。また、このテーマパークの中には、雲南に流されて客死した日本人僧侶の墓がある。

そして、このテーマパークの周りには、例によって大理名物の植物が生えている。

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草むらに入ると、こんなふうに群生している。

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え~と、下衆な私も、写真は撮りますが、この植物を乾燥させて吸ったりしません。吸いたいとも思いません。吸いたい人は自己責任でどーぞ。間違っても、吸わない人に「1回吸ってみませんか?」なんて勧めちゃダメよ。麻の実は食べてみたけど、味がない。地元のお年よりは好んで食べるみたいだけど、私にはうまいとは思えなかった。所詮は鳥のエサ。

大理の山奥に流されてきた日本人僧侶は、私のような下衆とは違い、いかがわしい植物には目もくれず、ひまわりを眺めながら故郷に思いを馳せたのだろう。

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雲南に行くと、日本では見かけない植物や昆虫をよく見かけるんだが、写真撮ってくりゃよかったな。

我的雲南之行その5

麗江地区人民医院で顔面を縫われる謎の外国人

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縫ってくれているのは、納西族の女医さん。

今にして見ると、しょぼい手術台やなあ。ワシ、背ェ高いから、足はみ出てるがな。

この時は6針縫ったんだけど、今鏡を見たら、跡は残っているものの、まあまあきれいになっている。点滴をされたり、抗生物質を飲んだりもしたんだけど、よく考えたら、この国、

ニセ点滴やニセ薬

で人が死ぬことなど珍しくも何ともない(あと、ニセ医者ってのもいるけど、この納西族の女医さんはモノホンの医者だったと信じたい)。まさに知らぬがホトケだな。

でも、今のところ、死なずに生きているし、後遺症もないようである。これは、きっと、日頃の行いがいいからであろう。

北京1989

仲良くなった食堂のおねえさんたちと

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珠市口電影院という古い映画館の斜向いにあった小さな食堂。北京の下町ならどこにでもある、何の変哲もないそこらへんの食堂に通ううち、服務員のおねえさんたちと仲良くなった。「一緒に写真撮ろう」と言うと、みんな奥に引っ込んで、着ていた白衣を脱いでおめかしを始めた。仕事着のまま写ってもらっても全くかまわんのだが、そこは女性としてのプライドが許さんのであろう。

おねえさんたちの髪型が、何とも時代を感じさせるなあ。今はもう、みんな立派な北京のおばちゃんになって、子どもやだんなさんを怒鳴り散らしているんだろうか。いつ行っても、おねえさんたちの元気な笑い声が響いて、にぎやかな食堂だった。ただ、今にして思うと、写真を撮るときに、「誰にも言わないでね」と筆談でお願いされ、少しおびえていたような目をしていたのが、この国の暗部がどのようなものかを示唆していたのかもしれない。

このわずか数か月後に、全世界を揺るがせるおぞましい事件が、この食堂のわずか数キロ北の広場で起きるとは、予想すらできなかった。この国も、見かけだけは発展し、女性の髪形や服装も見違えるほどおしゃれになった。外国人と写真を撮っただけで密告されるような時代でもないだろう。

しかし、中国と北京の空を覆う暗い陰は、この当時と何も変わっていない。

我的雲南之行その4

大理郊外沙坪のマーケット

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城壁から見た古城の夕暮れ

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ある日の夕食

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旅日記によると、左から、にんにくの茎と鶏肉の炒め物、火腿炒飯、三鮮湯、炒茄子、写真には出ていないが麻婆豆腐も。1人あたり7元。日本人のたまり場だったこの食堂、しばらくしてから行ったら、ゲーセンになっていた。