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瀋陽

遼寧賓館(旧奉天ヤマトホテル)

大昔の地球の歩き方を処分するついでに、ページをパラパラめくってみたら、こんなものが出てきた。




Liaoninghotel



遼寧賓館とは、遼寧省の瀋陽にある老舗のホテルで、元々はヤマトホテルといい、満州国時代に満鉄が建設し経営していた高級ホテルである。かの李香蘭がデビュー前にリサイタルを開いていたホテルといえば、ピンと来る人もいるのでは。

私は、遼寧賓館のような高級ホテルに泊まるはずなどなく、瀋陽駅のすぐ近くの中国人用旅社に泊まっていたのだが、遼寧賓館の近くを通った際に、見物がてらフロントで道を訪ねてみた。さすがは高級ホテルだけあって、フロントのおじさんも、見ず知らずの小日本に対しても丁寧に応対してくれ、ホテルの便箋に簡単な地図を書いてくれた。

この地図やガイドブックの情報を頼りに、市バスを乗り継いで行き着いたのは、満州事変の発端となった柳条湖事件の柳条湖である。今は、南京の反日テーマパークと並ぶ捏造反日教育の総本山「9.18事変記念館」とか何とかいう名前の大仰な建物があるらしいが、当時は、線路横に古い記念碑があっただけで、東北の寒々とした風景が広がっていた。

私が、瀋陽みたいな何もない町を旅した目的は、この柳条湖と張作霖爆殺事件の現場を訪れることだったのだが、どちらも線路以外に何もなく、写真を撮っていた私を地元民が珍しそうに眺めていた記憶がある。当時の中国では、カメラもフィルムも、ものすごく高価だったので、何であんな何もない場所の写真を撮るのか理解できなかったのかもしれない。当時の写真は、実家のどこかに転がっているはずなので、いつか機会があれば探してきます。

あの頃の中国は、ちょうど江沢民が反日教育を強化し始めて間もない頃で、人民の反日度もそれほど高くはなかった。私も、若干左寄りの純粋な青年だったので、中国様のいう「歴史を直視」することが日本人としてあるべき姿だと考えていた。何せ、初中国で、上海に上陸すると、真っ先に行ったのが南京の記念館だったからなあ。

もちろん、「南京大虐殺」は事実だと信じて疑わなかったし、数字は問題ではないと考えていた。そんな過去があるので、今でも中国様のプロパガンダを信じている人の気持ちも分からないではない。その後、数々の中国人様との心温まる交流を経て、私の考え方も徐々に変わっていく訳であるが、我ながら若かったね。 瀋陽もハルビンも、今行くとそれなりに面白いのかもしれないが、あまりいい思い出がないので、たぶんもう行くことはないだろうなあ。
   
ってことで、この地図も、デジタル化したついでに処分することにした。遼寧賓館のおじさん、ありがとうね。